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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)135号 判決

原告

株式会社ストロンダライフカプセルズ

右代表者

国持質郎

右訴訟代理人

川坂二郎

外七名

被告

厚生大臣

田中正己

右指定代理人

玉田勝也

外九名

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

玉田勝也

外三名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告厚生大臣が昭和四四年五月七日付でした原告申請による毒物及び劇物取締法四条一項に基づく毒物・劇物輸入業の登録を拒否する旨の処分を取消す。

2  被告国は原告に対し六〇、五二八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年七月一六日から支払ずまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右第2項につき仮執行の宣言

二、被告ら

1  主文と同旨

2  仮執行の宣言がされる場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張《以下省略》

理由

一請求原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件処分の適法性につき検討する。本件処分は、原告がしたストロングライフの輸入業登録申請に対する拒否処分であるので、まず、毒物及び劇物に関する法の規制について見ると、毒物及び劇物は、一方では医療及び化学工業などの分野で有益であると同時に、その薬理作用によつて国民の保健衛生に対して危害をもたらす可能性が強いものであるから、右危害を防止する観点から、法はまず一般的に毒物及び劇物の製造、輸入、販売の各営業を禁止し、一定の要件を具備する場合にのみ右一般的禁止を解除することとしている(法三条、四条、五条)。すなわち、被告厚生大臣の製造業、輸入業の登録を受けなければ、毒物及び劇物の製造、輸入をすることができず(法三条一項二項)、また、都道府県知事の販売業の登録を受けなければ、販売、授与、またそれらの目的で貯蔵、運搬、陳列をすることができない(法三条三項)。そして、法五条は、専ら登録を拒否する事由として、「厚生大臣又は都道府県知事は、毒物又は劇物の製造業、輸入業又は販売業の登録を受けようとする者の設備が、厚生省令で定める基準に適合しないと認めるとき、又はその者が第十九条第二項若しくは第四項(登録の取消・業務の停止)の規定により登録を取り消され、取消の日から起算して二年を経過していないものであるときは、第四条(営業の登録)の登録をしてはならない。」と定め、更に、設備の基準については規則四条の四において次のとおり定められている。すなわち、輸入業に関するものとしては、「二 毒物又は劇物の貯蔵設備は、次に定めるところに適合するものであること。イ 毒物又は劇物と他の物とを区分して貯蔵できるものであること。ロ 毒物又は劇物を貯蔵するタンク、ドラムかん、その他の容器は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出るおそれのないこと。ハ 貯水池その他容器を用いないで毒物又は劇物を貯蔵する設備は、毒物又は劇物が飛散し、地下にしみ込み、又は流れ出るおそれがないものであること。ニ 毒物又は劇物を貯蔵する場所にかぎをかける設備があること。ただし、その場所が性質上かぎをかけることができないものであるときは、この限りでない。ホ 毒物又は劇物を貯蔵する場所が性質上かぎをかけることができないものであるときは、その周囲に、堅固なさくが設けてあること。三毒物又は劇物を陳列する場所にかぎをかける設備があること。四 毒物又は劇物の運搬用具は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出るおそれがないものであること。」とされている。このように、法規は、一定の人的欠格事由をあげるほか、専ら毒物及び劇物の貯蔵、運搬などの設備が不備であることあるいは管理の体制が不十分であることをもつて登録拒否事由としている。しかし、右規定の仕方をみると、前記の一般的な禁止を解除するにつき解除要件をかかげ、それを充足するときは積極的に登録がされるべきものと規定しているのではなく、いわば消極的な面から登録拒否事由をかかげるという形式をとつている。従つて、右登録拒否事由に該当すれば、登録が拒否されることになるのは当然であるけれども、毒物及び劇物につき、保健衛生上の見地から必要な取締りを行うことを目的としている法の趣旨に照し、右登録拒否事由がなければいかなる場合でもそれだけで直ちに当該登録申請を許可すべきものとは必ずしもいえないのである。思うに、法五条、規則四条の四が専ら設備の不備をもつて登録拒否事由としたのは、毒物及び劇物の社会生活上の通常の取扱方法を想定したうえ、それらが流出あるいは飛散するなどして保健衛生上の危害の発生の可能性が強いと考えられる場合のみをかかげたのであつて、前記法の目的、趣旨にかんがみると、必ずしも登録拒否の場合をそれだけに限定する趣旨のものと解することはできない。例えば、前記の拒否事由は何ら存しないけれども、その品目の輸入業などの営業を許すときは、右拒否事由が存する場合と同程度あるいはそれ以上に保健衛生上の危害発生の危険性が予測されるような場合などには、法が毒物及及び劇物の取締りを行う目的、趣旨に照らし、厚生大臣としては、法五条、規則四条の四を類推適用して当該品目につき輸入業などの登録を拒否することができるものと解するのが相当である。すなわち、毒物及び劇物につき輸入業などの登録申請がなされた場合、被告厚生大臣は、単に法五条、規則四条の四所定の拒否事由の有無について判断するにとどまらず、右拒否事由がない場合においても、当該登録を許すことによつて保健衛生上の安全を明らかに害すると認めるときは、前記法の目的及び趣旨に照し、法五条、規則四条の四を類推適用して登録拒否処分をすることができるものと解するのが相当である。

原告は、この点について、法五条、規則四条の四の拒否事由がなければ、直ちに登録処分をすべく処分庁が覇束されている旨主張するが、前叙の観点から右主張は採用できない。

三1  そこでストロングライフの性質について検討する。検甲第一号証によれば、ストロングライフは直径三センチメートル余り、長さ12.5センチメートルの円筒形の噴霧器であると認められるところ、ストロングライフの内容物が劇物と指定されているプロムアセトンの四パーセント溶液であること、ストロングライフは右溶液をスプレー式カートリッジに充填し、噴霧状に噴射する器具であること、その使用目的は襲撃してくる人または動物の眼に対して右内容物を噴射し、その催涙作用によつて開眼不能の状態に陥らせ、もつて右襲撃から護身しようとするものであることについてはいずれも当事者間に争いがない。そして〈証拠〉を総合合すると、ストロングライフの催涙作用の効果及び眼機能に与える効果は次のとおりであることが認められ、同認定に反する証拠はない。

すなわち、ストロングライフを通常の使用方法によつて雄性家兎の眼球に噴射した場合、例えば、首枷固定による強制開眼の状態において、五〇センチメートルの距離からストロングライフを一秒間噴射させると、噴射中に瞬膜が眼球をおおい、暴れ、流涙し、二分後ごろまで閉眼しようとし、三時間後には瞬膜に浮腫が生じ、六時間後に結膜の血管拡張(正常以上)が進行し、結膜に浮腫も生じる。そして、すべての症状が消失するには約七二時間を要する。次に、首枷固定による自然開眼状態において五〇センチメートルの噴射距離から一秒間噴射すると、噴射直後瞬間的に閉眼し、その後一分間は流涎するのみであるが、結膜には一過性のわずかな浮腫が生じ、三時間後から七二時間後まで結膜などに血管拡張(正常以上)が認められる。更に、同じく首枷固定による自然開眼状態で一〇〇センチメートルの噴射距離から一秒間噴射すると、その直後瞬間的に半分閉眼し、三時間後から四八時間後まで結膜拡張(正常以上)、その他瞬膜の血管拡張が認められる。なお、噴射時間を、二秒間、三秒間と延長させると、一般に前記症状は悪化する傾向にある。

これらの事実及及び経験則によれば、右は家兎による動物実験の結果ではあるけれども、仮にストロングライフが自然開眼状態にある人の眼球に噴射された場合においては、直ちに閉眼してその薬理作用の影響を最少限にくいとめることが可能であるとしても、なお、ある程度の時間はその薬理作用が残り、開眼困難な状態に陥らせ、かつ、その程度は原告主張のように速かに回復可能なものでないことが推認される。また、仮に、これが直接眼球に相当量が噴射されることとなれば、その影響は長時間にわたり、かつ、深刻度を増すであろうことも容易に推認しうるところである。以上要するに、ストロングライフは、対人的にもかなり強度の催涙作用及び眼機能に対する攻撃的作用を有していると認めざるを得ないのである。

2  このようなストロングライフの効力を前提として考察するに、ストロングライフは積極的に相手方を開眼不能の状態に陥らせる働きをもつ点に利用上の特性を有し、この点で単なる防具ないしは護身用にとどまらず、むしろ反撃手段、ひいては進んで攻撃手段としても利用することが可能である。すなわち、ストロングライフをどのように利用するかは専ら利用者の意思にかかわる事柄であつて、ストロングライフは人などを殺傷する武器ではないが、利用のいかんによつては相手方を積極的に攻撃する手段となりうることは前記性能に徴して容易に考えられるところである。この点で、ストロングライフは、人を攻撃し、強要し、脅迫する手段として、あるいは悪質ないたずらの手段として悪用する余地が十分存するものと認めるのが相当である。もつとも、現在では、スプレー方式を利用した殺虫剤なども広く市販されていることは公知の事実であるけれども、これらは社会生活上の利用方法が比較的限定されているので、人などに対する攻撃手段として悪用される可能性は絶無とはいえないまでも、その蓋然性は極めて低いということができる。それに反してストロングライフは、護身具とはいえ、当初から人に対して使用するものであり、しかも、その眼機能に対する攻撃を目的として市販されるのであつて、社会生活における利用方法の性質、形態などの点で、これが悪用される蓋然性は格段に高いものと認められる。このようにして、ストロングライフを現在社会において広く市販することは、これによる前記危険の発生を招来せしめる相当高度の蓋然性があるものといわなければならない。

3  原告は、この点につき、ストロングライフは護身用として高い利用価値があり社会的有用性が顕著である旨主張するが、ストロングライフのもつ性能については前叙のとおりであり、これによる社会的危険性を予防する社会的利益の方がその護身具としての利用価値に優先すべきものであること先に説示のとおりであるから、右主張は採用できない。

また、原告は、すでにストロングライフについては、昭和四一年七月五日付で静岡県知事から販売業の登録処分を受けており、その際、原告の反論(二)(2)記載のとおりの内容の条件を付されたので、右条件を厳守して販売すれば社会的危険性はない旨主張するが、仮に、原告が右条件を厳守したとしても、ストロングライフが大量かつ広範に市販されることになれば、その流通の末端においてストロングライフの現実の取扱いを適正に管理することは事実上不可能であると思料されるから、原告主張のような販売方法によつたとしても、ストロングライフの悪用の危険性を払拭すことはできないというべきであつて、原告の右主張は採用の限りではない。

4  このようにストロングライフのもつ前叙のような社会的危険性はすなわち保健衛生上の危険性にほかならず、その市販を許すときは、右危険の発生を具体的に招来する相当の蓋然性が認められるので、被告厚生大臣はストロングライフにつき、法五条、規則四条の四の類推適用により、輸入業の登録を拒否できるものと解され、以上の点では本件処分に原告主張の違法はない。

四本件処分は、原告の申請がされてから約二年一〇か月を経過したのちにされているが、〈証拠〉を総合すれば、本件処分にあたつて厚生省側の担当官らがストロングライフに関する法律問題及び危険性の有無などにわたり種々検討を加え、関係官庁に検討を依頼している事実が認められるのであり、また、本件処分をめぐり容易でない種々の問題点が存することは本件訴訟の経緯からも窺われるところであるから、本件処分がされるまでに約二年一〇か月を要したことのみをもつて、直ちに本件処分が違法となるものとはいえない。

また、原告は被告厚生大臣が本件処分をするにあたつて、法の目的である保健衛生上の危険の防止という見地を越えて、治安維持の目的をもつて判断した旨主張するが、同被告が本件処分をした理由は前叙のとおりであつて、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

更に、原告は、被告厚生大臣は原告から不作為の違法確認の訴を提起されたので、原告の追求を不可能にする意図をもつて本件処分をした旨主張するが、本件全証拠によるも被告厚生大臣に右の意図が存したことを認めることはできないから、右主張は採用できない。

従つて、以上によれば、本件処分をするにあたり被告厚生大臣に裁量権の濫用があつたと認めることはできないから、この点でも本件処分に原告主張のような違法はない。

五叙上のとおり、本件処分には何ら違法はないので、その余の争点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高津環 牧山市治 慶田康男)

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